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  • 執筆者の写真安倍大智

100年前の音楽

こんにちは、安倍です。そう考えると長生きしたいものです。


ユーミンこと松任谷由実さんが新しいアルバムをリリースしましたね。


4年ぶりとのことで、ラジオもテレビもユーミンだらけで大変です。


ユーミンってこんなにメディアでるっけ?ってくらい出てるんで少し違和感がありました。


案の定、若い頃のユーミンはメディアなど出るもんかというスタンスで、超越した存在だったらしいです。


いまでもある意味超然とした妖怪みが溢れていますが、リアタイでユーミンと育った人たちは違和感もヒトシオとのこと。


そんなユーミンがNHKの音楽番組「SONGS」で100年後に自分の音楽が聴かれることについて話していました。


よくある話なので流し聞いていたのですが、次の日になっても「100年」というスパンのことが頭から離れなくなってしまいました。


100年ってどれくらい長いのかな、と。


それで、100年前の音楽を聴いてみることにしました。


Apple Musicの「1920年代:ジャズ・ポップ ベスト」プレイリストをこの2日くらい聴いています。


これがなかなか、いいんですが、やはり全然知らないミュージシャンばかりなのでアイデンティファイするのが難しいです。


その当時どんなに個性豊かな音楽を作って、どんなに秀でた演奏をしていても、100年経つと「その時代の特徴」というものに絡め取られてしまうのでしょうか。


はたまた、その当時の秀でた演奏ばかりが残っていくためにクオリティのレンジが狭く、均一に感じるのでしょうか。


もちろん1920年代の音楽家同士の横のつながりを深く知っていけば聴き分けられるようになるのだと思いますが、それができる聴き手は稀有でしょう。


音楽のストリーミングやYouTubeを筆頭に「さまざまな音楽を聴く」ための環境は整ってきていますが、それを体系的に、また身体化しながら聴くためのオーディエンスの耳と頭と体は鈍っていくばかりです。少なくとも私は。


身体化しながら聴くってなんですかね...


私の中では「身をもって思い知る」ってことだと思っていますが、どうでしょうか。

その音楽を聴かなくても想起できるくらいに記憶に残っていて、その音楽がかかっていればそれが誰の曲なのか聴き分けることができる状態。

で、そこにはなにか思い出的なものが、その音楽に連なる他の記憶が寄り添っているような...


を、私は身体化された状態と言っています。



100年前の音楽を身体化するには、100年前にタイムスリップしてその時代の空気とともに音楽を取り込むか、100年前の音楽談義を今するか...どうやってるんでしょうね。


みんなで踊るのは1つの方法かもしれません。

音楽かけて、踊る。


何言ってるのかわからないまま終わりにさせていただきます。

すみません。


新中野製作所

安倍大智

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